微笑みの残照









レジスタンスの人々と飲んでいたフラガは、昼間の疲れ もあるせいか早々に眠くなり、彼等のテントからアークエンジェルへと戻った。
居住区を自室へ向かってふらふら歩いていると、交差し た通路からノイマンが現れた。
いつもブリッジに居て、あまり動いている所を見掛けな い彼。物珍しさに、酔っ払いの気軽さも
手伝って、意味も無く声を掛けた。

「少尉」
「……あれ?少佐。外で皆さんと飲んでたんじゃないん ですか?」
「うん……ちょっと酔っ払っちゃって、リタイア。少尉 は?これから休憩?」
「はい」
「飲まされ過ぎないように気を付けろよ。あいつらアホ みたいに強いから」
「まさか。私は行きませんよ」
「……なんで?」
「なんでって、クルー全員酔っ払う訳にはいかないで しょう」
「だって、今交代したんだろ?当直の奴等に任せればい いじゃん」
「ええ、だから彼等に任せて、私は寝ます」
「……あんた、息抜き下手だろ」
「……………」

少し不快そうな表情で、悔しげに見上げるノイマン。
お、ちょっとカワイイ。
そう思ったフラガは、短く笑った。

「ノイマン少尉、命令だ」
「……は」
「これから三十分間、俺の世間話に付き合え」
「…………はい?」
「何だその返事は。命令だっつってんだろ」
「……失礼しました。ノイマン少尉は当刻より三十分 間、フラガ少佐の世間話を伺います」

几帳面に敬礼をして返答するノイマンに、面白そうに吹 き出してから、フラガは彼の腕を掴んだ。

「じゃ、行こっか」
「ど、どちらへ!?」
「サブ甲板。今丁度夕焼けで、空がすんごい事になって るんだぜ♪ブリッジからじゃ、よく見えなかっただろ」
「甲板!?ダメですよ!何かあった時、艦内に居ないと ─────」
「甲板は艦内に入るでしょ。艦内放送も聞こえるんだ し、問題無いよ」
「でも────」
慌てるノイマンを、フラガは問答無用で引っ張って行っ た。

「おお、さっきとはまた違う色になってる」
甲板のハッチを開けたフラガは、空を見上げるなりそう 言った。
ハッチから流入する焼けつく様な風に、慌てて上着を脱 ぎながら外に出たノイマンは、夕焼けに染まった空に感嘆の言葉を漏らす。
「………すごい」
「来て良かっただろ?コレ見なきゃ勿体無いって」

夢中になって空を見上げているノイマンに、フラガは得 意そうに言った。
怖い位の、鮮やかな夕焼け。
沈んだばかりの太陽に照らされて、地平線は黄金に輝 き、大気は血を塗り込めたような紅に
染まっている。
闇の色を照らす、強烈な光。
様々な色に変化しながらやがて宇宙の色へと続く上空に は、まるで穴を穿つように所々暗黒の雲が交じっている。
しかしダイナミックな夕焼けは、大気が不安定である事 を表す。その所為か────いやそれを知らずとも、地球上に生まれて、この色を見て恐怖を感じない 生き物なんていないだろう────恐ろしくなったノイマンは、逃れるように顔を背けた。
周りをぐるりと見渡せば、その空は方角によって全く違 う色に焼かれている。
東の空は既に暗く、星が瞬き始めていて。千切ったよう な白い雲がまばらに浮いている。
残光が遠くの山の端を僅かに照らし、周囲の闇へと落ち 着いたトーンで変化してゆく。

こちらの色の方が好きだ。と、ノイマンは思う。

わざわざ不安になるものなど、見たくない。
手摺に背中を預け、恐ろしい光から目を背けるように暗 い空を見上げていると、隣で臆する事無く西の空を見詰めていたフラガが言った。
「そうだ、丁度良い」
「?」
そして先程からずっと手に持っていた紙袋を開ける。
「さっき、失敬して来たんだ」
彼が袋の中から取り出した物は、どこからどう見ても酒 瓶で。どうやら地の物らしく、ラベルには読めない文字が書かれていた。
「……まだ飲む気ですか。さっき酔っ払ったって ────」
「俺じゃなくて。あんたに」
「は?だから私は飲みませんって」
「なんで?酒、嫌い?それとも…飲めないの?」
「飲めない、という程ではありませんが……いやそう じゃなくて、俺が酔っ払う訳にはいかないでしょう」

現在アークエンジェルは、岩場に隠して迷彩を施してあ る。
この辺はニュートロンジャマーの影響も大きいし、見付 かる可能性は低いと言って良いだろう。
しかしだからといって、可能性がゼロでない限り、酒な ど飲む気分にはなれない。

「よーするに、有事の際に困るから飲めないって訳だ な」
「はい」
自分の失敗は即、全乗員の命に関わる。その責任で頑な に断るノイマンに、しかしフラガは軽い調子で言った。
「だ〜いじょぶだって。何も起きないよ」
「……根拠も無く大丈夫とか言わないで下さい」
「有るよ根拠。だって、俺が居るもん」
「……は?」
「俺が居るから大丈夫なの!根拠なんてそれだけで充分 だ」
「……意味が分かりません」
呆気に取られるノイマンに、フラガは言い張る。
「俺の悪運の強さは宇宙一なんだよ」
「………はあ」
「だから、俺があんたに飲ませたのが原因でアークエン ジェルが墜ちるなんて、有り得ないわけ」
自信満々に言い切られて、正直困る。酔っ払いの言う 『大丈夫』なんて、信じられる訳がない。
それに、それは根拠というより思い込みに近いのではな いか。確率的には、むしろ“そろそろヤバイ”と考える方が自然だと思う。

けれど……彼の言葉は、何故か心地良くて。

頬が弛んでゆく感覚に、今まで自分が緊張していた事に 気付く。
「……では、少しだけ」
騙されるのを承知で、ノイマンは酔わない程度に喉を潤 した。
取り留めの無い雑談と、暫しの沈黙と。
穏やかに流れてゆく時間を感じながら、フラガはふとノ イマンの顔に目を向ける。
既に夕焼けは殆ど闇に飲み込まれ、淡く朧げな薄明かり の下で。
頬が染まっているように見えるのは、夕陽の僅かな残照 の所為か、それとも酒の所為なのか。
────その時涼やかな風が吹いて、ノイマンは緩やか な動作で軍服の上着を肩に掛けた。
砂漠の夜は、急激に気温が下がる。
昼の間さんざんに熱せられた甲板はまだ熱を帯びていた が、夜の帳と共に降りてくる冷気は、肌寒い程で。
まだ酔いが残っているフラガにとっては心地良く感じる 程度だが、ノイマンは寒いようだ。
「………冷えてきたな」
「そうですね」
「そろそろ戻るか。もう三十分過ぎたし」
そう提案して隣の顔を覗き込んだフラガの瞳に、意外な 表情が映った。
驚いたような、残念そうな。不安げにも見える顔になっ て、伏せていた視線を上げるノイマン。
しかし目が合った時には、もういつも通りの無表情に なっていて。……今のは錯覚だったのかと思わされる。

「………飲み足りない?」
彼の心を窺うような気持ちで訊いたフラガに、ノイマン はさらりと微笑った。
「だから私は最初から飲む気はありませんって。任務が 終了したなら、失礼致します。ごちそうさまでした」
読めない表情で敬礼をして、直ちにハッチへ向かって歩 き出す。
「………なんだかなぁ………」
呼びかけとも独り言とも取れる声量の呟きが、届いてい るのかいないのか。ノイマンは開けたハッチを手で押さえ、フラガの方を振り返った。
「…………少佐?」
「ああ、先戻って。やっぱ俺、もちょっと涼んでくわ」
「……そうですか。気を付けて下さいね、涼み過ぎない ように」
そう言ってあっさりと通路に入り、ハッチを閉める。
自分は、何かを期待していたのかもしれない。
彼の姿が見えなくなった時、フラガはそう気付いた。
………期待?何を? ……………分からない。
夜風に弄ばれた髪を掻き上げたついでに、頭に手をあて たまま不可解な気持ちの正体を考える。
話し相手が欲しかったのだろうか。……それに相応しい 程、会話が弾んだようには思えなかったが。
では他に何か、彼に期待するような事があるだろう か。………どう考えても、何も無いよなあ。
一体、今の“はぐらかされたような気分”は何だったん だろう。
答えを求めるようにノイマンが消えたハッチを眺めて も、効果なんて有る筈も無く。
一向に解ける気配の無い謎に、思考力がダレてきたフラ ガは。
「……ま、いっか」
そう呟いて、満天の星空を見上げた。



Fin.

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「梨の惑星」の河原たくみ様より頂戴しました♪♪
「フラノイ愛病同盟」のためにこ、こ、こんな素敵なフラノイSSを…(感泣)
ほんっっとぉぉぉぉに、ありがとうございます!!
全国のフラノイ同志を代表して、お礼を述べさせていただきます。
いつも思いますが、河原様は本当に文章がお上手ですよね。特に会話部分が活き活きしていて、ういろーは毎回感心してしまいます。今回の作品も、少佐の微妙 な心の機微にもうメロメロ(はぁ〜)無意識(?)にそうさせてしまうノイノイに鼻血(げふー)

今宵は興奮で眠れません!
河原様、また続きなど書いて下さぁぁぁぁぁい
(≧∇≦)


作品展示 室へ










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